【原田健彦さんインタビュー】 自分を取り戻すために!貫いた3つの勉強法

【原田健彦さんインタビュー】 自分を取り戻すために!貫いた3つの勉強法

【第1回 中小企業診断士を目指したわけ】

【原田健彦さんインタビュー】

ドイツとアメリカでの生活経験がある原田さん。いくつかの挫折を経験し、自分を取り戻すために中小企業診断士に挑戦します。はじめての受験はどうだったのでしょうか。

社会人として初めての挫折

――原田さんは、学校を卒業されてから、どのようなお仕事をされていたのですか。

卒業したのがちょうど就職氷河期だったので、正直苦労しました。大手建機メーカー傘下のIT企業に入りました。海外での生活経験があったので、海外営業要員として採用されたのです。ところがITバブル崩壊を機に、海外展開の話がご破算になり、海外営業はなくなりました。それで英語を使った仕事がしたいと思い、外資系医療機器メーカーに転職しました。ここでは6人の部下がいるマネージャーとなりました。5~6歳上の部下に気を遣いながら結果も出さなくちゃいけない、そんな生活が続いて身も心も壊れてしまいました。

――つらい時期だったのですね。

そうでしたね。組織不信とか、人間不信とかになってしまいましたね。ここも辞めざるを得なくなってしまいました。そこからは、知り合いの編集プロダクションを手伝ったり、ボランティアをしたりしました。

――そのような状況で、中小企業診断士を目指されたのですね。

2つの理由から診断士を目指しました。1つが、自分が不信感をもつ原因になったマネージングの理論を学んで過去に区切りをつけたかったからで、もう1つが、何かをやり抜くことで、自分自身を再起動できるのではないかと思ったのです。

例えば大学受験の時って、別に勉強したくてしたわけじゃないですよね。勉強やらされて受かって、そのままなんだかわからない大学生活を送ってしまった、そういう他人軸で生きる自分にけりをつけるっていう意味もありました。何か自分で選んで自分で決めて、自分で最後までやり抜かないといけないって思ったのです。自分を取り戻すっていうか、そんな感じですね。

ストレートで合格した一次試験

――受験勉強はどのようにされていたのですか。

一次試験の勉強は、ただひたすら問題を解いていましたね。予備校に行ってインプットしたら、すぐに問題集に取りかかる。全問題集を最低3回は解きましたね。一次試験は、とにかく暗記することだと思っていました。

――どのくらいの勉強量だったのですか。

一次試験までに1,000時間くらいやっていました。1日5~6時間はやりましたね。
ここを乗り越えなければすべてが終わる!みたいに考えていました。肩に力が入りすぎていましたね。1回目の受験で7科目ストレート合格できたのはラッキーでした。肩の力を抜いて勉強したら、多分もっと楽に受かっていたと思います。

撃沈した二次試験

――無事7科目ストレートで受かった、その時はどんな気持ちでしたか。

まだ二次試験が残っているので、手放しでは喜べなかったですね。二次試験の勉強って、よく分からない状態だったので。
残り2カ月半しかないのに、1カ月半は身が入らなかったですね。ボケーっとしながら、ボケーっと過去問を眺めているような状態でした。

――二次試験を受けてみて、結果はどうでしたか。

事例Ⅲで「こんな問題出るの!」って、わけのわからない状況になってしまい、残念な結果に終わりました。

――残念でしたね。すぐに気持ちを入れ替えることはできましたか。

すぐにはダメでしたね。それでペースメーカーの意味も含めて、最大手の予備校に切り替えました。
2年目は我ながらよくがんばりましたよ。3つの勉強法を実践したんです。

福田 裕史

福田 裕史 取材の匠メンバー、中小企業診断士
銀行に33年勤務。法人営業、個人営業、ビジネスマッチング、キャリア・アドバイザーなどに従事。現在は企業グループ事務局運営の傍ら、中小企業診断士として、新規事業支援や執筆活動を行っている。
特定社会保険労務士 キャリアコンサルタント 1級ファイナンシャル・プランニング技能士

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