【山口晋さんインタビュー】 累計5,000時間超勉強 熱しやすく冷めやすい私が冷めなかったもの

【山口晋さんインタビュー】 累計5,000時間超勉強 熱しやすく冷めやすい私が冷めなかったもの

【第1回 6度目の挑戦で1次・2次試験を一気にクリア】

【山口晋さんインタビュー】

5,000時間を超える学習の末、6回目の挑戦で令和元年度(2019年度)の1次・2次試験に合格。山口晋さんが辿った合格までの軌跡は、「雨だれ石を穿つ」を体現するような、長く地道な道のりでした。長期間に渡りモチベーションを維持し、資格を勝ち取ったそのエネルギーの源は、何だったのでしょうか。お話を伺いました。

4科目絞り込み受験が転機

――累計勉強期間が6年間に及びます。相当の長期間ですが、どのように勉強を進められたのですか?

はじめは独学です。初受験の2014年は、試しに3か月間だけ勉強して、1次試験1日目の3科目を受験しました。結果は50点台後半の科目もあり、そこそこの出来。ちょうど日商簿記検定2級に受かった頃で、勉強習慣も残っていて調子が良かったのだと思います。

しかしその後、会社中心の生活となり、一時的に資格勉強のやる気が途切れてしまいました。2015年は受験したものの1科目も合格せず、経営情報システムにいたっては28点という有様。2016年も相変わらずで、経済学・経済政策が60点でギリギリ科目合格できただけ。さすがに独学では難しいと感じ、予備校に通い始めました。

――独学で3回、通学を始めてから3回、1次試験に挑戦されたのですね。

そうです。ただ、初めて予備校で対策して臨んだ2017年も、科目合格は財務・会計のみでした。2018年はさらに上級のクラスを受講しましたが、7科目合計413点で不合格。足踏みが続きました。

――ネックとなった科目はありましたか?

企業経営理論です。勉強するほどに得点が下がるという、最悪の状態でした。難解な日本語を理解できず、模試でも40点台を連発。合格した2019年の模試ですら37点で足切りとなり、自信喪失状態でした。

――その苦境をどうやって打開されたのですか?

受験科目を4つに絞ったのが大きかったです。それまでは科目合格制度を利用せず、毎年全7科目受験していたので、1教科当りの勉強時間が少なくなっていました。合格した2019年は、科目を限定して苦手分野に厚く時間を割くことで、財務・会計:72点、企業経営理論:62点、経営法務:68点、中小企業経営・政策:63点でやっと合格できました。

事例Ⅲ0点からの一発合格

――難関の2次筆記試験は一発合格されました。

実は、予備校のカリキュラムに2次試験対策も含まれていたので、合格した年の3年前から勉強を始めていました。ちなみに、初めて受けた模試は事例Ⅰ:34点、事例Ⅱ:49点、事例Ⅲ:0点、事例Ⅳ:37点です。

――事例Ⅲが…

0点(笑)。笑うしかありませんでした。

――克服には結構な時間を要したのでは?

平日夜に加えて、毎週土日のどちらかは通学し、講義後の午後5時半頃からも20人程度で3~4時間、自主的な勉強会を開いていました。

また、自分への戒めの意味も込めて、受験できなかった2次試験の翌日は休暇を取り、夕方に試験問題をダウンロードして、夜11時までかけて全事例を解いたりもしていました。

――学習の実績管理も細やかに行われています。

2016年10月から2019年12月まで、科目別・30分単位の勉強時間と模試の得点を、エクセルで記録していました。単純合計は5,000時間を超えています。予備校の講師に言われて始めたのですが、もともと完璧主義なところがあり、つい細かくなってしまいました。

――息抜きはどうされていましたか?

時々、土曜日に友人や勉強仲間と飲んでいました。平日は勉強のために禁酒していたので、反動で飲みすぎて二日酔いになることも多かったですが。

――日曜日、勉強できないですね。

はい(笑)。自分を崩すことで緊張のバランスを取っていたので、大事な時間ではありましたが、効率はあまり良くなかったかもしれません。

山崎 健一 取材の匠メンバー、中小企業診断士

1984年生まれ。東京都八王子市出身。2007年筑波大学第一学群社会学類卒業、大手ハウスメーカーに勤務。株主総会事務局、営業所事務、子会社の管理部門などを経験し、現在は経営企画部門で連結管理会計を担当。本業のかたわら、取材記事執筆やインタビュー、補助金申請関連業務等の活動を行う。二男一女の父親。家族・本業・診断士業務の並立がモットー。最近の楽しみは家族と行く水族館、天文台、アウトドア。

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