【成松正樹さんインタビュー】MBA+中小企業診断士~理論と実践力を両輪で鍛えるため養成課程へ~

【成松正樹さんインタビュー】MBA+中小企業診断士~理論と実践力を両輪で鍛えるため養成課程へ~

【第1回 中小企業診断士登録までの14年間】

大手商業デベロッパーに勤務され、忙しく仕事をこなしながら、兵庫県立大学大学院の中小企業診断士登録養成過程(以下 養成課程)を修了し、中小企業診断士の登録をされた成松正樹さん。

中小企業診断士の勉強開始から診断士登録までに要した歳月は14年。成松さんが中小企業診断士になるための想い、モチベーションを維持し勉強を継続できた源泉はどこにあるのでしょうか?お話をうかがいました。

中小企業診断士資格との出会い

――中小企業診断士を目指したきっかけを教えてください。

希望の店舗開発部門に行くために必要と考えていた宅地建物取引士の資格に合格し、次に勉強する資格を探すために、書店の資格コーナーに立ち寄り中小企業診断士の存在を知りました。
運営管理のテキストを読み、当時の仕事と関連していることに衝撃を受けました。
当時、店舗運営の業務に携わっていましたが、経営に対する知識が不足していて、もっと深く経営について勉強したいと思い中小企業診断士の勉強を始めました。

――運営管理の店舗販売管理分野から興味を持ったということですね。その他にも仕事と共通する点はありましたか。

店舗開発部門に異動した際にも、新規出店にあたり店舗の売上予想、採算性分析などの財務会計の知識や企業経営理論の知識が役に立ちました。診断士の勉強は実務と近いところにあると実感しました。

合格まで諦めない秘訣

――2005年に診断士の勉強を開始され2015年に1次試験に合格されています。1次試験合格まで相当苦労されましたね。

初年度は科目合格できず、全く歯が立たたなかったという印象でした。

――その後の試験結果はどうでしたか。

転職、転勤を経験する中、勉強は続けましたが結果は振るわず科目合格が続きました。

――勉強は継続しているけれども、結果が出ないということは悔しいですね。

2011年の1次試験は3点足りず不合格という結果に終わりました。

この年は東日本大震災があり大変な状況の中でも、勉強時間を確保できて合格への手応えがありました。しかし、経済学が非常に難しい年で、足を引っ張りました。

1次試験の結果が正式に発表されるまで得点調整が無いか、毎日中小企業庁のHPを見ていた記憶があります。合格レベルまでに仕上げられたという自負があっただけに特に落ち込みました。

――1次試験不合格後にモチベーションも下がったと思いますが、その後も受験を継続されています。どのようにモチベーションを回復したのですか。

2011年の1次試験不合格後は、相当ショックが大きく受験を辞めようか迷いました。そこで予備校講師に相談したところ「成松さん、あなたの診断を待っている人が大勢います。最後まで頑張ろう。」という言葉をいただき、受験継続を決意しました。

――最終的に1次試験は2015年に合格されますね。勉強を開始された2005年から勉強を継続された原動力は何ですか。

原動力は家族の支えでした。妻は中小企業診断士になるまで常に寄り添ってくれました。科目合格が続いても不平不満を言わず応援してくれました。養成課程の説明会も一緒に参加するなど共に歩んでくれました。

もう一つは父の影響が大きかったです。父は一級建築士の資格を保有しておりますが、10年近く受験を続け合格を掴みました。私は父親が自宅で仕事をしている姿を覚えていますが、今思えば仕事ではなく、自宅で勉強をずっとしていたのだと思います。さらにその後、一級建築士の上位資格ともいえる『建築基準適合判定資格者』にも3年ほどかけて合格しました。

そのような父親の背中を見ていたので、私も一度決めたことを最後までやり抜きたいという気持ちは非常に強かったです。私の強みは諦めの悪さですから(笑)

髙岡健司

髙岡健司 取材の匠メンバー、中小企業診断士

1975年生まれ。栃木県足利市在住。1997年埼玉大学経済学部卒業後、地方銀行に入行。取引先企業の資金繰り支援や経営改善支援など主に融資業務に従事。2021年に23年間勤務した地方銀行を退職。現在は総合病院に転職し経理担当に従事している。2019年に中小企業診断士登録。二人の男の子の父親として子育て奮闘中。趣味は、お笑い動画を見ること、浦和レッズを中心としたスポーツ観戦。

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