【菊池宏行さんインタビュー】「自分の価値を提供して中小企業に寄り添いたい」セカンドキャリアで新たな道へ

【菊池宏行さんインタビュー】「自分の価値を提供して中小企業に寄り添いたい」セカンドキャリアで新たな道へ

【第2回 合格、登録、休止、そして2度目のデビュー】
過去の記事:第1回

「経営者に寄り添って自分なりの価値を提供したい」。地方銀行に長く勤務し、取引先の企業経営者と話をする中でその思いを募らせていた菊池宏行さんは、その実現のために中小企業診断士を目指すことを決めた。しかし、合格後、順風に活動ができたわけではなく、仕事の関係で資格休止も経験している。資格再開を経て、経営コンサルタントとして新たな一歩を踏み出す菊池さん。第2回目は受験の勉強方法と、合格から休止に至る経緯を語ってもらった。

「継続」で苦手分野を克服

受験勉強をする中でぶつかった「マーケティング」と「情報システム」という未知の分野。しかしこの2つの印象は正反対だったようだ。

「マーケティングは今まで銀行の業務で一切関わったことがありませんでした。でも、これがすごく面白い。例えば『3C』や『4P』などの分析の切り口はとても新鮮だったし、新しい気づきが多く、楽しみながら勉強ができました」

「その一方で苦労したのは情報システム。仕事や生活で接点がないから、なかなかイメージがつかめません。用語もわからず、とても戸惑った覚えがあります」

受験勉強において得意、不得意があるのはすべての受験生共通だ。菊池さんはどうやって苦手分野を克服したのだろう。

「自分で詳細なノートを作りました。これを何度も見返し、覚える。そして何より大切なのは継続です。1日短時間でいいからとにかく毎日続けて、勉強を習慣づけることが大事だと思います。そうやっていくうちに結果が出てきて『継続こそ力』を実感しました」

言うは易し。しかし簡単なことではない。しかも菊池さんが住む地域には社会人向けの資格学校がなく、通信講座を受講するしか選択肢がなかったという。毎月大量に送られてくる冊子や課題との格闘の日々。それでも社内の同期に同じ受験生がいたことや、家族の理解や応援などもあり、こつこつと勉強を続けた結果、1次試験、2次試験ともストレートで合格することができた。

制度改正と部署異動。やむなく休会を決意

2002年4月、晴れて中小企業診断士に登録。もともと自分に不足している知識を埋めることが受験の動機だったので、独立は考えておらず、企業内診断士として銀行の業務に活かすことを第一に考えていた。しかし、その後15年間にわたり、資格を休止することになる。

2006年の制度改正により、資格更新には実務従事ポイントの取得が必須となった。その時期と前後して菊池さんは営業部門から本部の企画部門に再び異動する。営業であれば顧客企業の支援業務などがポイントの対象になるが、本部の企画部門でポイント獲得のための時間を捻出するのは至難の業だ。悩んだ末、2011年、資格を休止することを決断した。

「休止はしましたが、いつか必ず再開するつもりでいました。勉強に苦労した日々や、様々な業種の人たちとの人脈が築ける魅力などを考えると、このまま中小企業診断士を辞めるという選択肢はありませんでした。最長15年休止できる制度があるのだから、それを利用しようと」

休止中は中小企業診断士としての活動はもちろん、名刺に肩書を入れることさえできない。一抹の寂しさがあったが、更新のことを気にしなくていいことが救いだった。

資格再開、そして2度目の中小企業診断士デビュー

2024年。休止期限のリミットが近づいてきた。さらに勤務先の人事制度では55歳が役職定年だ。以前から定年後は別のキャリアにチャレンジしようと考えていたこともあり、資格再開に向けた活動を本格的に始めた。

そして2025年。必要な実務従事ポイントを取得して再開を申請。5月に真新しい登録証が届いた。20余年の歳月を経た、2度目の中小企業診断士デビューだ。








浦野 創

浦野 創 取材の匠メンバー、中小企業診断士
千葉県出身、東京都在住。大学卒業後、新聞社に入社。広告、イベントなどビジネス部門に従事。1997年中小企業診断士登録。2004年から4年間米国(ニューヨーク)駐在。帰国後は主にデジタル分野でウェブ開発やデータ分析、イベントDXなどに携わる。2024年3月退職、同年4月株式会社ベイフィールド設立。独立診断士として活動を始める。個人情報保護士、上級ウェブ解析士。東京都中小企業診断士協会城西支部所属。

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