【第3回 感謝を胸に、新たなフィールドへ】
過去の記事:第1回、第2回

2013年の診断士試験初受験から13年。2026年2月の合格発表で、念願の中小企業診断士合格を手にした堀井雄平さん。本連載では、社会人1年目の初受験から、紆余曲折がありながらも、仲間や恩師との出会いを経て、今日に至った軌跡を追う。第3回は、遂に合格をつかむ受験史の最終章、そして中小企業診断士としての今後の展望をうかがった。
13年の努力の結実
1次試験としては10回目となった2024年。不合格がわかった後も、1年後を見据えて、勉強仲間たちとの2次試験勉強は続けた。
堀井さんは当時を振り返り、「受け入れてくれた仲間たちの存在が大きかったです」と、優しく微笑んだ。
2025年8月。残っていた1次試験最後の1科目が,無事合格点を超える。
3度目の2次試験に向けて、粛々と、しかし確かな熱意とともに、忙しい中でもたっぷり時間を確保して、仲間たちと勉強を続けた。
2025年10月。1年以上も情熱を注いできた2次試験対策の成果を存分に発揮できた。
そして2026年1月、筆記試験の発表日。Webページに掲載された点数を慎重に足し合わせる。
事例Ⅰから順番に、54点、59点、57点、72点。合計242点。
合格だ。
2月の口述試験の合格発表の後、お世話になった先生や上司に報告し、お祝いの言葉をもらった。
堀井さんの受験史には、「先生」や「仲間」の存在が切り離せない。
「とにかくホッとしました。その日はよく眠れましたね」
驚くほどに穏やかに過ごしたようだ。
自分ひとりでここまで来たわけではない。その思いがあったからこそ、どっと安心感が押し寄せたのだろう。
彼らへの感謝の思いが滲む堀井さんの表情から、そう思わずにはいられなかった。
こうして、2013年から始まった堀井さんの中小企業診断士受験史は、13年後の2026年、そっと幕を閉じた。
世界を見据える企業内診断士へ
ここからが中小企業診断士として本当のスタートだ。
合格後早々に実務補習に従事し、2026年4月に中小企業診断士として登録した。
今勤めているガス会社が好きだという堀井さん。
企業内診断士として社内での活躍はもちろん、社外での活動も見据えている。
「自分の名前で声をかけていただけるよう、これから1年間はさまざまなコミュニティを渡り歩き、中小企業診断士として何ができるのか見ていきたいです」
それを裏付けるように、東京都中小企業診断士協会中央支部や取材の学校、中小企業戦略研究所など、すでに多様な場所に飛び込んでいる。
数年後には、中小企業診断士として海外関係の支援にも展開していきたいとのこと。
背景には、小学生時代のアメリカ短期滞在での経験があると語る。
「自分のフィールドは,今住んでいる北海道や日本だけじゃないんだ」という当時の少年の思いが、今ここに結節している。
現在の業務とは畑違いだが、だからこそ面白そうだと話す堀井さんのキラキラした笑顔が印象的だった。
受験生の皆さんへ。気負わずに。挑戦に意味がある
最後に、堀井さんから受験生に伝えたいことをうかがった。
ここは堀井さんの言葉でお伝えしよう。
「私のように失敗も多かった立場から言えば、あまり気負わないでほしいです。
頑張ることはもちろん大切。勉強時間もたくさん必要な試験です。
だけれども、その分、得られることもたくさんあります。
それに、中小企業診断士になった人をリスペクトしている人が多くいるとも感じています。
あなたの診断士資格取得を待ちわびている人がきっといるので、ぜひ前を向いて頑張ってほしいです。でも、繰り返しですが、気負わずに。挑戦し続けていれば、いずれ自分の課題が見つかって、よい結果が見えてきますから」
多くの苦労や葛藤を乗り越えてきた堀井さんだからこその、思いやりにあふれるメッセージ。
悩みや不安のない受験生はいない。だが、諦めなければ実現できる。
前に進むことをやめなかった堀井さんが、その存在をもって、診断士受験生、さらには現役診断士の励みとなり続けることを、筆者として心から確信している。

岡 夏輝 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1997年生まれ、東京都出身・在住。早稲田大学文化構想学部卒業後、大手日系コンサルティングファームの戦略部門を経て、総合コンサルティングファームの戦略部門に転職。ビジョン策定や中計策定、新規事業立案のアドバイザリーなどに従事。現在は同グループの経営企画部門に転籍し、自社が実施するM&A案件のPMIフェーズのPMOや子会社管理全般を担当。マイブームは言語化とセンスの勉強。2025年度中小企業診断士登録。
