グローバル企業での働き方(その2)

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皆さんこんにちは、売れプロ第10期生の中村学です!

 

前回のブログでは海外企業とのジョイントベンチャー(以下JV)を機に私が経験したグローバル化に伴う変化について書きました。今回は続編としてJVでの課題や、各拠点の特徴、会社の挑戦について書きたいと思います。

 

■JVの課題

グローバルな働き方となり課題も多くありました。ロールアンドレスポンシビリティー(以下R&R)とプロセスが細かに定義されているので、仕事が効率的で速い反面、定義されていないことや他の担当者とグレーな領域のことが必要となった場合、全く仕事が抜け落ちたり、お見合いになったりする場合も多々ありました。従来は「後工程はお客様」という考えが会社の文化として根付いており、丁寧に次の相手に仕事を渡していましたが、次第に消えていきました。

 

設計問題の解決にも制限が生まれました。プラットフォーム側の問題は個別機種では解決できないので、プラットフォーム開発チームに改善してもらう必要があります。しかし1機種でカスタマイズの要求を出しても他の機種にその機能が必要でない場合は、対応してもらえないケースが出てきました。機種開発は個別最適を目指すのですが、プラットフォーム開発は全体最適を目指しており、その考え方の違いが商品の完成度に影響を与えるのはとても歯がゆく感じました。

また開発拠点が欧州、北京、東京、シリコンバレーの4拠点となりましたので、電話会議を設定する場合、東京が深夜、シリコンバレーが早朝という場合が多々ありました。現在はコロナの影響もあり、柔軟な働き方が普及してきていますが、当時は深夜にテレコンした場合でも、翌朝オフィスに出勤しなくてはならず、非常に苦労しました。

 

「おもてなし」の文化にも違いがありました。通常、日本企業の海外駐在員は本国からの出張者が来た場合には、空港へのピックアップから始まり、食事の付き合い、ホテルへの送迎、お見送りまでずっとアテンドを行います。私が赴任していた北京やイスタンブールでも、出張者のアテンドが一番の重労働だと他の会社の赴任者からよく聞いていました。ところが、JVではそんな仕事は全くなく、駐在員は会議室を押さえるのと、昼食の用意くらいで、出張者は自分で飛行機、ホテルを予約し、タクシーや電車で自分で移動し、仕事が終われば、帰って行きました。

親会社から役員が北京に出張した時、お迎えが無かったと秘書室からクレームがありましたが、JVではたとえ社長でも扱いは同じ、一人で海外出張に行けない人は相手にされませんでした。

 

■各国の特徴

続いて各開発拠点の特徴を書きたいと思います。まずは欧州ですが、会社機能としてはHead Quarterであり、商品ポートフォリオ、技術戦略、生産戦略、購買戦略などの部門が置かれていました。

社員は男女半分の比率で、プロジェクトマネージャーなどの仕切り役は女性が多い職場でした。夏には3~4週間バケーションで不在となり、夏のオフィスは出社率が20%程度でした。オンオフの切り替えや効率の良い働き方など日本にも見習うべき点が多いと思います。

次に中国ですが、 会社機能としてサプライチェーン、生産拠点が置かれました。社員は約1000名程度いましたが全従業員英語が話せ、コミュニケーションで苦労することはありませんでした。社員は互いに給与明細を見せ合うので、だれがどんな評価を受けたか筒抜け。その様な環境なので、基準を明確にしてなぜその評価になったのか納得感のある説明が求められました。

 

最後に日本ですが、日本にはプラットフォーム開発、要素技術開発、購買部門が置かれました。キー部品は日本メーカーからの供給が多く、商品差別化のためには部品だけでなく材料メーカーも巻き込んだエコシステムを構築する必要がある為です。日本の特徴は何と言っても設計品質が高く、リードタイムをしっかり守り商品をマーケットにローンチできることです。特に電気設計とメカ設計の高度なすり合わせが必要な、折りたたんだりスライドしたりする商品を、高い完成度で市場に出すことに長けていました。

 

■会社の挑戦

JVのスタート当初は、お互い従来のビジネスの延長上から軌道修正できず、売り上げもほぼ横ばいでした。しかし体制が整うにつれて、相手側が持っていた通信技術、グローバルの販路、こちら側が持っていたブランド、AV技術をうまく掛け合わせた差別化戦略で成長軌道に乗り、2007年度には全世界で1億台の商品を出荷しました。しかし、製品のコモディティ化と中国勢の台頭で徐々に勢いを失い、今年の3月に従来の親企業に吸収されました。

 

私はJVの始まりから終わりまで20年間、内側からビジネスの変遷を見てきました。ジェットコースターのように会社、組織、働き方が変わり、多くの仲間と出会い刺激的で貴重な経験を積み重ねることが出来ました。

昨年海外赴任から帰国し、今年診断士になりました。コロナの影響もあって、海外には行けませんが、売れプロに入ったおかげで、毎回、凄いメンバー達から凄い刺激を受けています。

あっという間に、第7回目の講義が終わり、残りの講義は3回となりましたが、これからも10期の仲間と共に切磋琢磨していきたいと思います。

 

次回のブログはJVで経験した色々な仕事内容に関して書きたいと思います。最後まで読んで頂きありがとうございました。