デジタル経済史としての平成時代~IT白書を読む~

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ほのぼの経営論

「デジタル経済史としての平成時代~IT白書を読む~」

報道によりますと、小中学校の教育現場でPC(パソコン)が1人1台導入されるとのことです。

https://www.asahi.com/articles/ASMCM5HRLMCMULFA036.html

令和元年を迎えた今振り返ってみますと、平成時代初頭は、一般的な企業のオフィスではPCがまだ貴重な存在で、1人1台ではなく数台を共同でシェアしながら使うのが普通だったのではないでしょうか。それを思いますと、今や小学生でも1人1台PCを持つようになるのは何か感慨深いものがあります。

平成時代の30年間は、まさに「IT技術の普及と発展とともにあった」といえるでしょう。

今回は、総務省から発行された令和元年版「IT白書(情報通信白書)」に掲載された特集「デジタル経済史としての平成時代を振り返る」をもとに、IT社会の変遷を振り返るとともに、日本企業の経営環境がどう変化してきたのかを見ていきたいと思います。

http://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r01/index.html

昭和時代末期の我が国はバブル経済の中にありました。日本は「電子立国」とまで呼ばれ、我が国の電子通信産業は、自動車に並ぶ主力産業に成長し、世界を席巻しているかに見えました。

このまま世界をリードし続けると思われた電子通信産業は、平成時代では次第に凋落してゆくことになります。

この平成時代の歴史的な変化の要因について、IT白書では次のように分析しています。

◎1985年の「プラザ合意」以降、急激な円高環境が起こった:

円高ため日本企業は、生産拠点を海外に移す流れが強まった。海外で現地生産を行い国内へ輸入することで、国内産業は空洞化していった。

◎1990年代後半からインターネットの普及が始まった:

これまで旧電電公社(現NTT)という安定した大口顧客が存在する中で海外展開に消極的だった「電電ファミリー」メーカーの交換機や携帯電話端末等の製品は、日本独自の特殊な規格や機能に特化してしまい(いわゆるガラケー等)、通信規格のグローバル化とともに海外製品に代替されていった。

◎日本企業には「伝統的垂直統合」と「自前主義への固執」という構造的な問題があった:

20世紀後半以降の世界のIT産業に起こった4つの構造変化、

①半導体集積回路は、ムーアの法則による価格低下圧力をもたらす
②プログラム内蔵方式は、付加価値の源泉をソフトウェアに移す
③プログラム内蔵方式では処理の対象も手続もデジタル化される
④インターネットは、企業間取引コストを下げ、分業を促進する

これらの4つの圧力に日本企業は対応しようとしなかった。デジタル経済の進化により製造業のコスト構造も変革し、製品のモジュール化とグローバルな分業が進展した。製品の企画・設計のみを行うファブレス企業と、機器の受託生産を行うEMSの二極化の流れを有効活用したAppleのiPhone等に対し、自前主義に固執した日本企業は時代の潮流に乗り遅れた。

◎デジタル・プラットフォーマーと呼ばれる企業が我が国において登場しなかった:

インターネットの発展・普及に伴い、米国を中心にスタートアップ企業から始まったIT企業が世界市場を席巻したが、我が国ではこのような企業が登場しなかった。

以上のようにIT白書は、平成時代に縮小してしまった「電子立国」日本を分析していますが、要は「昭和時代に世界一まで登り詰めた成功体験と、ある種の驕りのようなものが、環境変化への柔軟な対応を阻害した」ということなのかもしれません。

それでは、これからの令和はどのような時代になるのでしょうか?

IT白書では、インターネットや携帯電話のグローバルな普及による新しい潮流として、従来は新興国・途上国と呼ばれた地域が、モバイル決済など一部の領域で先進国を一気に飛び越えて発展する「リープフロッグ」が起きていることを指摘しています。先進国では新たな技術やサービスが登場しても既存サービスや法規制との摩擦が生じる場合がありますが、制約の少ない新興国・途上国では先進国を凌駕する速度で新サービスが普及する可能性があるのです。そこには新たな市場が生まれ、世界の経済構造は大きく変わる可能性があります。

これからの時代、ますます社会の経済構造は変革してゆくことでしょう。そして、従来の常識に捕らわれず、新しい変化に柔軟かつスピーディに対応する適応力が、より求められる時代になるということなのでしょう。

平成時代の教訓の中に、電子立国日本復活のヒントがあるのかもしれません。

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