【第1回 絶望的な無力感から一心発起、診断士受験を決意】

2年間の養成課程を経て、2024年4月に診断士登録。現在は、中小企業を支援する機関での勤務と副業で、多岐にわたり、精力的に活動されている相川太郎さん。第1回は、中小企業診断士を目指すきっかけについて話を聞いた。
死ぬまで中小企業の方と楽しく働き、発展に貢献したい
中小企業を支援する機関での勤務と副業の2足のわらじで、中小事業者のブランディング、マーケティング、戦略立案、組織創り、IPOから規定作成まで幅広く活躍されている相川太郎さん。前職では、大手飲料酒類メーカーで約20年間、経営企画やブランディング、マーケティングを担当してきたため、経営計画策定やブランド強化に強みを持つ。中小企業診断士取得を機に転職し、現在は、東京の家族と離れ、大阪で単身赴任中。趣味・特技を聞くと、「お酒と読書、それと仕事をいただくこと」と答えるほど仕事に情熱を注ぐ。
「中小企業の方と、死ぬまで楽しく働き、発展に貢献したい」と目を輝かせながら語る相川さん。この思いの背景には、中小企業診断士を目指すきっかになった、非常につらい体験がある。
コロナ禍で経験した絶望的な無力感
前職の大手飲料酒類メーカーでは、仕事でもプライベートでも全国の居酒屋やバーを回っていた。取引先(飲食店)を訪問して、生ビール樽がきちんと洗浄されているか確認したり、お客様の入り具合をみたりする。もちろん、オーナーとの信頼関係づくりも大切な目的のひとつ。訪問するお店の数は、なんと週に10軒。その結果、当然、オーナーと仲良くなり、「たろちゃん」と呼ばれ、頻繁に連絡を取りあうようになる。飲食店オーナーの知り合いだけで、携帯電話の電話帳が上限件数に達してしまうほどである。
2020年1月新型コロナウィルスの国内初感染が確認され、同4月には初めての緊急事態宣言発出。世はコロナ禍に突入した。「最初は、本当に、本当にあまく見ていました」と当時を振り返る。コロナ禍の緊急事態宣言、営業自粛・規制により、営業できない飲食店が全国に広がった。日本全国の知り合いの飲食店オーナーが「たろちゃん、本当に大変だよ」と電話をくれる。それに「コロナ終わったらまた飲みに行きますね。頑張ってくださいね」と半分冗談交じりで返していた。しかし、コロナが一向に収束しないまま1年が過ぎ、ついに「ごめん。もう、店閉めるわ」という電話がぽつぽつと入りだした。廃業連絡は、日に日に増えていった。
このような状況の中、お酒を売ることと、お酒を飲みに行くことしかできない自分に対して、「他になにかできることがあるはず」という正義感にかられたと振り返る。一方で、実際には、お酒を売るか飲むこと以外、なにもできない現実。なにかしなければならないという気持ちと、何もできないという絶望的なギャップを突きつけられた。その時感じた無力感を生々しく話してくれた。その表情は、今でも忘れられない悔しさがひしひしと伝わってくるものだった。
自分にもやれることがある。やらなければいけないことがある。
お酒に関係することしかできない自分が、中小事業者のために何かできないかと色々と調べた結果、中小企業診断士という資格を知った。補助金や助成金のことも初めて知った。中小事業者のために何かしたいという、当時の思いにぴったりの資格に思えた。コロナ禍の時、この資格や知識があれば、たくさんのお店を助けられたかもしれない。悔しさが、いっそう大きくなった。自分にもやれることがある。やらなければいけないことがある。簡単な道のりではないが、中小事業者を支援する道に進もう。中小企業診断士試験に挑戦することを決めた瞬間だった。

松葉 修 取材の匠メンバー、中小企業診断士
愛知県名古屋市出身、大阪市在住。総合電機メーカーの情報システム部門、研究開発部門で、新規ソリューションや既存事業海外展開の企画・推進を担当。副業として、補助金申請支援等も行っている。事業承継や農業経営に関心があり、活動の幅を広げるべく研鑽中。
