【相川太郎さんインタビュー】しんどさよりも楽しさがはるかに上回った養成課程

【相川太郎さんインタビュー】しんどさよりも楽しさがはるかに上回った養成課程

【第3回 かけがえのない財産を得た養成課程】
過去の記事:第1回第2回

2年間の養成課程を経て、2024年4月に診断士登録。現在は、中小企業を支援する機関での勤務と副業で、多岐にわたり、精力的に活動されている相川太郎さん。第3回は、いよいよ養成課程での奮闘ぶりについて話を聞いた。

すべてを犠牲にして勉強に集中

2022年4月、2年間の養成課程が始まった。週末は、ほぼ終日授業。平日は最低でも1~2時間の勉強。仕事と家族を持ちながらである。

仕事面では、徹底的な効率化を図った。無駄の排除。同僚に、やめる会議を宣言し、必要性の低い会議は極限まで減らした。相川さんは、さも当然のように言うが、それほど簡単なことではなかっただろう。通常であれば、それを快く思わない同僚との関係が悪くなり、仕事がやりにくくなることもあるだろう。そういう事態に陥らなかったのは、今まで築き上げてきた信頼とコミュニケーション力があったからに違いない。

一方、家族面は、本当に辛かった。妻と3人の娘(当時、高校生、中学生、小学生)との時間は、あきらめた。週末や休日はもちろん、長期休暇の時も、家族での旅行や娯楽を断った。「あの2年間は、『行ってきます』と『ただいま』だけだった」と辛さを思い返しながら話してくれた。趣味の読書も2年間は我慢。コロナ禍で助けられなかった飲食店のような中小事業者の役にたちたいという強い思いで乗り越えた2年間だった。

これほど楽しそうに養成課程を終えた学生を見たことがない

「しんどさよりも楽しさがはるかに上回った」と養成課程を振り返る相川さん。今まで本当に勉強してこなかった。持ち前の勘と要領のよさでなんでも平均点は取れるタイプ。そのため、何かについて、深く学ぶ必要性を感じることなく、受験をやりすごし、大手といわれる会社にも入った。そんな相川さんにとって、養成課程での学びは衝撃的だった。今まで自分がなんとなく思ってきたこと、行動してきたことに対する、学術的、理論的な後ろ盾を得られた、そんな感覚。「学ぶことの本当の楽しさを44歳で知った」とその感動がひしひしと伝わってくる。

養成課程12期生。大学の教授に「こんなに楽しく2年間を過ごした学生はいない」と言われるほどだ。

15万文字の試練

最大の試練は卒業論文。今までに論文を書いた経験はなかった。2年間の研究成果を少しずつまとめていく卒業論文。その文字数要件は、10万文字。「先人の研究の上に新たな価値を積み上げいくのが研究」という研究の基礎的な型から叩き込まれた。要件は10万文字だが、仕上げる過程で、内容を精査しどんどん削って洗練させていく。15万文字は書かなければ、卒業論文として成立させられない。総仕上げをする養成課程2年目の5~10月は、特に過酷で、腱鞘炎になり視力も落ちた。

養成課程で得たかけがえない財産と共に

養成課程で得た最大の財産は人とのつながり。同期、教授や先輩とのネットワークは30名規模。この最大の価値は「提供できるソリューションが広がった」こと。

個々の中小事業者にベストな支援者をつなぐプラットフォーマ―のような存在になりたい。相川さんが一緒に仕事をし、実際に接点を持った、信頼する人だけを紹介するプラットフォーム。そのために、現在は、中小企業を支援する機関に転職し、副業とあわせて、幅広い活動に邁進している。業種、業態にこだわらず、仕事を受け、信頼できる人たちと「死ぬまで中小事業者と楽しく働き、発展に貢献したい」と目を輝かせながら語ってくれた。

最後に「養成課程受験に関しては、目的意識、志望動機、学校選びなど、しっかりと準備をしてほしい」「入学後は、積極的に人とつながり、しんどいことも楽しんでほしい」と後進への思いで締めくくった。








松葉 修

松葉 修 取材の匠メンバー、中小企業診断士
愛知県名古屋市出身、大阪市在住。総合電機メーカーの情報システム部門、研究開発部門で、新規ソリューションや既存事業海外展開の企画・推進を担当。副業として、補助金申請支援等も行っている。事業承継や農業経営に関心があり、活動の幅を広げるべく研鑽中。