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皆さんこんにちは、売れプロ第10期生の中村学です!
3月に入りだんだんと暖かくなってきましたね。3月といえば学生は進学や就職、社会人では人事異動で異なった場所で新たなチャレンジの準備を始める時期ですね。私もちょうど4年前の3月にトルコの担当となり、数か月後にイスタンブールに赴任することになりました。約2年間イスタンブールで過ごすことになりましたが、今回のブログはイスタンブール赴任に至る経緯、トルコという国、赴任者が直面する為替リスクについて書きたいと思います。
■赴任の経緯
・南米での立ち上げ
2018年2月の末、アルゼンチンの一番南の島、フエゴ島で現地生産を立ち上げ帰国しました。約2か月の滞在でしたが、その間に通関遅延、生産設備トラブル、部品不良、ストライキ等様々な問題が噴出しプロジェクトマネージャーとして現地でひたすら対応し何とかスケジュール通り量産開始にこぎつけました。帰国後、出荷開始判定会議を通した翌日の早朝に部門長から呼び出されました。
ミーティングルームに入ると、部門長と部長が座っていて背後の壁に大きな世界地図が貼られていました。「次の仕事の話だけど、ここに行ってほしいんだけど」と指さされた先は、アジアとヨーロッパの中間地点でなじみのない場所でした。「分かる?」、「どこですか?」、「トルコ」、「え、トルコですか!」。絵にかいたようなやり取りの後、背景を含め詳細な説明を受けました。一言でいうとトルコでのオペレーションが混乱しているので現地に赴任して安定させてほしいとの事でした。
私はその場で、詳細な条件も聞かずに2つ返事で引き受けました。というのも元々海外で活躍したいという意思があったからです。海外での仕事は文化、商習慣、法律等あらゆるものが違って、非常に大変なのですが、その分裁量権と自由度が桁違いに大きいです。また現地に行かないと分からない、まだ知らない世界に足を踏み入れるワクワク感もあります。私にとって海外での仕事はそれらが魅力的でした。 ただ当時は、事業部が海外事業を縮小させており、活躍できる場が限られていました。
■トルコについて
トルコは人口、8400万人で地政学的に非常に重要な地域です。ボスポラス海峡によってアジアとヨーロッパに分かれていて、文化的には西洋と東洋、宗教的にはイスラム圏とキリスト教圏の境目です。NATOに加盟していますがEUには加盟していません。東側はイラン、イラク、シリア等紛争の絶えない国々と接しており、黒海を挟んでウクライナとも接しています。その為国際紛争に巻き込まれやすく、常に多くの問題を抱えています。宗教はイスラム教ですが、非常に寛容です。モスクに入る時以外は女性はスカーフで髪を隠す必要はありませんし、お酒も普通にレストランで飲めます。ワイナリーも多数存在し、良質のワインも生産されています。またラマダンの時も断食する、しないは個人の自由で、1日だけ、1週間だけ等期間限定で行う人もいます。但し豚肉は食べる習慣が無く、トルコで豚肉は貴重な食材となります。日本人赴任者には帰国の際にベーコンやハムをスーツケースに大量に詰めて持ち込む人もいます。一時期はクーデターやイスラム国のテロで渡航制限がされていましたが、現在では治安は回復しています。
■為替変動リスク
海外赴任のリスクの一つに為替変動リスクがあります。例えば2015年8月に人民元ショックと呼ばれる中国当局による人民元の切り下げが行われました。当時北京に赴任し、人民元で給与を貰っていた私は日本円に換金せず、人民元を大量に保持していたため、10%の為替差損が発生しました。
その反省もあり、イスタンブール赴任時は、現地給与の比率が選択できたので、現地給与をゼロにして全て日本円での支払いを選択しました。2018年の7月に赴任しましたが、翌8月にはトルコショックが発生し1日でリラが20%下落しました。因みに赴任当時に1リラ30円だった為替レートは現在では8円となっています。ドルやユーロといったハードカレンシーの国に赴任する人がうらやましく思えました。
但しトルコは金融は自由化されていてATMで日本の銀行のキャッシュカードを使用し簡単に現地通貨を引き出すことが出来ます。これは非常にありがたい事でした。同じ様に自国通貨のペソが弱いアルゼンチンでは、現地通貨の引き出しどころかペソへの両替自体を厳しく制限していました。首都のブエノスアイレスにも両替所は数か所あるだけ、しかも50ドル札と100ドル札しか受け付けません。その為に大通りでは違法な両替屋がたむろし、外国人を見つけるとガンビオ(両替)と声をかけていました。
その点日本円はハードカレンシーであり、一定の安心感はありますが、このところのアメリカの消費者物価上昇と円安の状況を考慮すると、日本円の実質価値が下落し、ますます「安い国」にならないか心配です。
このようにして、私のトルコの赴任が始まりました。なぜ私がチャンスをつかめたかを考えると3つの側面があると思います。1つ目は「海外で働きたい」という強い意志を持ち、それを周囲に訴え続けた事。2つ目は数多くの困難の中、アルゼンチンでの現地生産を予定通りに立ち上げ、実績を示した事。3つ目はトルコ赴任のオファーに対して即座に判断し承諾した事。赴任のオファーをもらった部門長は所属が違っていて、まさかこんなオファーが来るとは思っていませんでした。ポジティブな信号を発信し、アンテナを高くし、来たチャンスを逃さない、この姿勢が重要だと改めて感じています。
次回はイスタンブールへの赴任②として現地での生活や仕事等について書きたいと思います。最後まで読んでいただきありがとうございました。
