【西晃さんインタビュー】気軽なスタートが新たな道を切り開いた。合格までのリアルストーリー

【西晃さんインタビュー】気軽なスタートが新たな道を切り開いた。合格までのリアルストーリー

【第1回 なぜ中小企業診断士を目指したのか】

40代で中小企業診断士に挑戦し、5回目の受験で合格。IT業界に身を置き、資格を通じて人脈と可能性を広げている西晃さん。第1回は資格に出会うまでの軌跡に迫ってみた。

ERPの専門職としての歩み

ERPパッケージという企業の基幹システムに長年携わってきた西さんは、令和5年度に診断士試験に合格した。40代を迎えてから、独学で新たな挑戦に踏み出した背景には、長年抱いていた「自由に生きたい」という思いがあった。

西さんは現在、IT企業でERP導入に関する業務に従事している。新卒から一貫してこの分野に携わり、転職を一度経験しながらも、キャリアの軸はぶれることなく歩んできた。「就職氷河期の真っただ中で、文学部出身、しかも留年していて…就職活動は本当に厳しいものでした」と当時を振り返る。文学部出身ながらIT業界を志したのは、インターネットが急速に普及していった時代背景に加え、ERPやSCM(サプライチェーン管理システム)、CRM(顧客情報管理システム)といった業界のトレンドに強く興味を惹かれたからだ。

入社後は希望通りERP部門に配属され、幅広い業務を経験してきた。「一通りの経験ができたので、何度も別の道を考えましたが、結局続けていました」と語る西さん。仕事への複雑な思いは、彼自身の人生観とも深くつながっている。

中国との出会いと価値観の変化

そんな西さんの人生に、もう1つ大きな影響を与えた要素が「中国」だ。大学入学時はサブカルチャーへの関心もあり、多様な演劇的表現を学ぶ演劇専修に進むことを希望していた。しかし、進級時に希望通りの専修に進むことができず、代わりに当時あまり人気のなかった中国文学専修に進むことになった。

その後、短期語学留学や中国駐在経験を通じて文学、映画、生活文化、歴史など、あらゆる面に面白さを感じるようになり、仕事でも中国資本のIT企業へ転職し、さらに関わりを深めていった。「中国は文化も自然も、とにかくスケールが大きい。中国のすべての省を回りましたが、あらゆることが日本の感覚とはまるで違うと実感しました」

特に心を惹かれたのが、人との距離感と率直な気質だ。「中国の人たちは思ったことを率直に伝えるオープンな気質があり、一度打ち解けると強い仲間意識で接してくれることが多いです。日本人同士よりも、むしろ楽に付き合えると感じる場面もありますね」中国について語る西さんの顔には自然と笑みが浮かび、言葉にも少し弾みが加わった。

資格取得への第一歩

そんな西さんが中小企業診断士という資格の存在を知ったのは、20代の頃だった。協業先の企業には、中小企業診断士や米国公認会計士などの資格を保持している人や、取得を目指している人が多くいたという。
「でも、当時は学習する時間も、根性も、モチベーションもまったくなかった」と西さんは語る。
実際に診断士試験への挑戦を考えるようになったのは、2017年に全国通訳案内士(中国語)の資格を取得し、長年勤めた企業から中国系のIT企業に転職した頃だった。環境の変化とともに気持ちにも余裕が生まれ、次第に「将来的には会社に縛られず自由意志で働きたい」という思いが芽生えていったという。その理想に向けて、もうひとつの武器として選んだのが中小企業診断士だった。

「組織に縛られず、いつでも自分の好きな道を選べる人生に憧れがありました。生殺与奪権を他人に握らせるなと漫画のキャラクターも言っているし」著作権にひっかからぬよう言葉を選びながらも、その口調にはどこか楽しげな響きがある。

中小企業診断士の資格は、これまで関わってきたERPとの親和性があるのはもちろん、中国人経営者への支援や、全国通訳案内士とのシナジー効果も期待できた。理論と実務、文化とビジネス、それらをつなぐ媒介として中小企業診断士は最適だったのだ。
「ワクワクしながら、楽しいことをして生きていきたい」そんな想いを胸に、西さんは40代にして新たな挑戦の扉を開いた。








内山 心結

内山 心結 取材の匠メンバー、中小企業診断士
海外大学を卒業後、日本に帰国し宝飾品業界にて営業職に従事。店長としてマネジメント、店舗管理、社員向け研修を担当。その後IT業界へ転職し、コンサルタントおよびカスタマーサクセスに従事。業務要件整理・課題抽出・データ分析を基にしたDX支援に携わる。現在は「AsIAmコンサルティング」代表として、中小企業向け補助金申請業務・事業計画書作成・女性活躍推進研修を実施。東京都中小企業診断士協会中央支部所属。

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