【大竹杏佳さんインタビュー】周囲の支えと持ち前の行動力により手にした診断士資格 資格取得後も続く未来への道

【大竹杏佳さんインタビュー】周囲の支えと持ち前の行動力により手にした診断士資格 資格取得後も続く未来への道

【第1回 中小企業診断士を目指すまで】

【大竹杏佳さんインタビュー】

中小企業診断士には様々な職業や経歴の方がいるものの、数年前までは「中小企業診断士=中高齢男性」というイメージが強かった。しかし、社会は多様化し、現在では若くして中小企業診断士になる方が増えている。今回取材させていただいた大竹杏佳さんもその一人である。

「礼儀正しく穏やか。だけど芯もありそう」 

私が初めて挨拶を交わした際の大竹杏佳さんの印象である。また、自身の考えを一度頭の中で整理したのちに言葉を発する姿からは、冷静沈着な内面性が窺えた。そして、中小企業診断士となるまでの経験や思いをうかがううちに、この最初の印象は間違いではないと確信したのである。

受験期を支えた幼少期の経験

大竹さんは幼少期を長野県で過ごし、大学進学を機に東京へ上京した。新しい友との出会い、華やかな都会。多くの学生が遊びに夢中になる時期だ。しかし、大竹さんはそのような学生とは一線を画していた。

小学生時代より新体操クラブチームに所属し、競技に没頭。幾度も全国大会に出場し、輝かしい結果を数多く残している。残念なことは、ケガにより大学では新体操競技を断念せざるを得なかったこと。しかしそこで泣いて立ち止まることなく、すぐにチアダンスチームに転向。アスリートの道を突き進む大学生活だった。

大竹さんは1年に1度しか実施されない診断士試験を振り返り、「本番強さ、打たれ強さはスポーツの経験があったからこそ」と、強い精神力の源がクラブチームで過ごした日々にあると語っている。一度決意したらストイックに自分を追い込み、目標に向かって邁進する。「中途半端」や「妥協」という言葉は彼女の辞書にはないのだろう。そのような心の強さは3年にもわたる診断士受験でも発揮される。

中小企業診断士を目指すまで

大竹さんには2つの顔がある。一つは若手中小企業診断士としての顔。そしてもう一つが、総合人材サービス会社での採用コンサルとしての顔である。 

大竹さんは2022年に大学を卒業し、総合人材サービス会社に入社。その後、一貫して正社員採用や副業人材活用など、法人向けの採用コンサルティングに従事している。 

一昔前の日本であれば、就職した企業に忠誠を示し、生涯働き続けることが当たり前だった。しかし時代は変化し、今では企業は個人のスキルアップの場となりつつある。大竹さんにとっても例外ではない。就職先として総合人材サービス会社を選んだ理由は複数の理由がある。その一つが、「様々な業界や職業を通して世の中を俯瞰してみることができるため、やりたいことを見つけるにはよい環境と考えたこと」である。

大竹さんはまだ20代。これからゆっくりと将来の夢を見つけても遅くはない。しかし常に目標に向かって突き進んできた大竹さんにとって、理想とする将来像が見つからない状態は不安を呼び起こす。この不安を払拭したい。その一心で「何らか」の資格を取得しようと決意した。

大竹さんは中小企業診断士という資格を次のように捉えている。

  • 税理士や社労士のようにキャリアの方向性が定まることがない
  • 一次試験7科目の勉強により経営知識を身に着けられ、自分の適性を幅広く検討できる
  • 法人向けの採用コンサルティングという現在の仕事に活かすことができる

責任感を持って現職業務に取り組んでいる大竹さんだからこそ「現在の仕事に活用できること」を意識し、将来へのステップアップを模索する大竹さんだからこそ「今後のキャリアの広がり」を求め、これから目指す資格を中小企業診断士に決めたのである。








黒田 智子

黒田 智子 取材の匠メンバー、中小企業診断士
2024年中小企業診断士登録。大学卒業後、ゲーム製作会社に入社。3DCGデザイナーとして数々のゲーム製作に携わった。2004年大手都市銀行に転職。FPとして個人向け営業に従事。2021年に法人担当へ転向。現在は製造業、運送業、サービス業、卸業など、幅広い業種の中小企業を担当。新興企業、再生支援先など様々な業績の企業に対し、課題達成に向けた支援活動を行っている。主たる支援活動は融資による資金調達。

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