【第1回 異色のキャリアと資格との出会い】

音大卒業後、演奏家を目指すも東日本大震災を機に帰国し、ジュエリー業界へ。そしてコロナ禍を経てIT業界へ——。一見すると共通点の少ないキャリアを歩んできた内山心結さん。しかし、それぞれの場所で培った経験が、ある出会いをきっかけに中小企業診断士を目指す強い原動力となった。異色のバックグラウンドを持つ彼女が、いかにして中小企業診断士の扉を開こうとしたのか。第1回はその歩みと、資格学習がもたらした変化に迫る。
現在の仕事とキャリアの変遷
内山さんは2025年現在、IT企業でカスタマーサクセスとして勤務している。カスタマーサクセスはサービスの要件定義や導入支援などを通し、クライアントが利用するサービスの価値を最大化させる仕事だ。さらに彼女はグローバル企業の大規模な基盤統合プロジェクトに携わっている。複数のシステムを見る難易度の高い業務だ。
彼女のキャリアは独特だ。元々は音楽大学でピアノを専攻し、卒業後は演奏家として海外での活動に自由を求めた。しかし、東日本大震災をきっかけに「せめて家族と同じ国内にいよう」と帰国を決意、日本で働くことを選んだ。最初に飛び込んだのはジュエリー業界だ。きれいなものが好きだというシンプルな理由からだった。最初はさほど意欲的ではなかったが、店長に就任したことで転機が訪れる。自らの責任で店舗の売上を築くことに面白さを見出したのだ。この時について彼女は「すごい頑張っていた」と振り返る。例えば、口コミにかかわる業務を型化し社員を教育することで、それまで5件だった店舗の口コミを1年で200件まで激増させ、しかも平均4.9点の高得点をキープしてのけた。店長の仕事にはやりがいを感じていたが、コロナ禍で状況は一変する。小売業が大きなダメージを受けるのを目の当たりにし、将来への危機感を抱いた。未経験で転職をするなら今しかないと考え、将来性の高いIT業界への転職を決めた。
学習がもたらした変化「視野の広がり」
中小企業診断士の学習は内山さんの視野を大きく変えた。この変化は、ある人物との出会いがきっかけで資格学習を始めたことから生まれたものだが、まずはその「変化」について具体的にうかがう。1次試験に挑む前の自分を振り返ると、「よくもまあ、こんな知識がない状態で社会人やっていたな」とハラハラするほどだったという。以前は経済誌を見てもニュースを聞いても遠い世界の出来事のように感じていた。だが学習を通じて、それらを自分のこととして理解できるようになった。世の中に対する「解像度」が飛躍的に向上したのだ。
ビジネスにおける理解も深まった。事業のシナジーといった概念も曖昧だったが、学習後は個別の事業を一見しただけで気づきが得られる。知識だけでなく視野も広がったのだ。
これまでの異色のキャリアで培った経験も診断士活動に活かせる。特にジュエリー業界での接客経験や研修で学んだ傾聴スキルが、クライアントとの会話に役立つとすでに感じている。「話すのは得意ではなかった」と彼女は語るが、彼女の話す言葉や姿からは培ってきたスキルの高さがうかがえる。カスタマーサクセスでの経験はシステムの定着支援などに活かせる可能性がある。内山さんはこれら異なる経験が点と線でつながり活動を支える力になると考えている。この視野の広がりは、内山さんが中小企業診断士という資格の存在を知り、目指すことから始まったのである。
目指すべきロールモデルとの出会い
では、内山さんが中小企業診断士を目指すことになった、その決定的なきっかけは何だったのだろうか。それはIT業界転職後、最初に関わった案件での出会いであった。その案件をリードしていた人物の顧客対応力、そして提案力に、内山さんは心底感銘を受けたという。その力の源泉をたずねる中で、診断士資格の存在を知ることとなった。「私もあの人みたいになりたい」その強い思いが、内山さんに中小企業診断士への挑戦を決意させた。2022年の夏の決意であった。

岸田誠史 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1989年生まれ、大阪府出身、東京都在住。大学院修士修了後、大手メーカーのエレクトロニクス部門にて電子部材の事業管理や投資管理に従事。予算管理や予実差分析などを7年間担当した。2025年現在は経営企画部門にて経営管理を従事し、予実管理や中期経営計画策定、IR対応を担当。趣味はゲームや読書のほか、筋トレも開始し、新たな分野の開拓も進めている。2025年度中小企業診断士登録。
