【和知祥子さんインタビュー】主婦が掴んだ新たなフィールドへの切符。5年間支え続けた家族に感謝

【和知祥子さんインタビュー】主婦が掴んだ新たなフィールドへの切符。5年間支え続けた家族に感謝

【第2回 周囲の人に助けられ診断士試験に見事合格】
過去の記事:第1回

5年間にわたる勉強の末、中小企業診断士試験に見事合格した和知祥子さん。資格学校の勉強だけでなく、実務に身を投じて苦手を克服していく。最終的には家族に支えられながら、無事に合格した。

なかなか点数が取れない事例Ⅳの高い壁

レンタルオフィスのオーナーに中小企業診断士の話をされたのは、5月であった。その年は受験せずに、9月から資格学校への通学を開始した。

暗記が得意なこともあって、1次試験は一度目の受験で合格。2次試験もストレートで合格する気持ちだったが、合格は遠く及ばずであった。それでも、多くの方が何年もかかると言われていると自分を励ましつつ、継続して資格学校での勉強を継続した。

2年目に受けた2次試験の模試では、上位7%。「これなら絶対受かるはず」と思ったが、実際の2次試験本番の結果は不合格だった。事例Ⅰ~Ⅲは合格水準に達していたが、元々苦手であった事例Ⅳが40点台と足を引っ張ったことが原因だった。

翌年以降は、苦手な事例Ⅳを克服するために、筋トレのように毎日事例Ⅳを解くことを習慣化し、直前期に過去問&資格学校の問題を解いて本番を迎えた。しかしながら、事例Ⅳの点数が変わらず伸び悩み、3年目も40点台となった。「このままでは合格できないかもしれない」と、頭の中で撤退もよぎったという。

友人からの一言が事例Ⅳ克服のはじまり

Web関係の仲間が他分野で頑張っている中、一人だけ中小企業診断士試験で止まってしまい、撤退も考えた和知さん。他の資格も考えたが、中小企業診断士以外に、これまでのスキルを活かせる士業は他になく、経営全般の知識があればキャリアのステップアップにもつながる。そのうえ、合格しないかぎり、多年度に渡り費やした時間が無駄になってしまうという心理も働き、受験継続を選択した。

そんなとき友人からの一言が転機となった。「実務で近いことをやってみたら?」というアドバイス。確かにと思い、就職活動を行い、たまたま募集のあった地域の青色申告会に入職した。

青色申告会では、個人事業主向けの記帳指導や確定申告時期の所得税・消費税の申告書・決算書作成支援などを行い、毎年100人近くの決算書作成支援の機会があった。

日々の業務の中で、財務諸表を見る機会が増え、その年に受けた4回目の試験では、事例Ⅳが60点を超えるようになった。

最後の突破口は子供のアドバイス

事例Ⅳが60点を超えたものの、合計点は234点とあと少しのところで合格が掴みきれなかった。「2次試験当日にひどく緊張してしまいました」と、力を上手く発揮しきれていなかったことを明かす。

最後の突破口を開いたのは、子供ならではのアドバイスだった。「受験では、本試験まで毎週のように模試を受けて慣れるから、同じように慣れるしかないんじゃない?模試を探してみたら?」と、いわれたそう。そこで、5年目の2次試験では、これまでの勉強内容に加えて、試験直前期に毎週、計4回にわたり、資格学校での模試を受けた。その結果、「試験当日は緊張せずに万全の状態で本番を迎えることができました」と振り返る。

5年目の試験では、初めて事例Ⅳを時間内に解き終えることができ、晴れやかな気持ちで試験を終えた。それでも、試験結果の発表日は、怖くてなかなか結果を見ることができなかった。

次の日、「見た方がいいよ、見なきゃダメだよ」と子供にいわれ、子供と一緒に確認したところ、そこには番号があった。「もう本当に信じられなかったですね、 私も子供もびっくりしました。」と当時の心境を語る。「気持ちとしては、喜びというよりも一安心といったところです。家族のサポートがあったからこそ継続できたと思います」と安堵の笑みを浮かべながら、家族への感謝の気持ちを述べた。








山本祥晴

山本祥晴 取材の匠メンバー、中小企業診断士
埼玉県出身で、現在は神奈川県在住。大学院修士課程修了後、化学メーカーにおいて研究開発業務に従事。環境省認定制度 脱炭素アドバイザー アドバンストを取得し、環境系の中小企業診断士として経営改善から脱炭素経営などの支援を行う。2024年中小企業診断士登録。東京都中小企業診断士協会三多摩支部、神奈川県中小企業診断士協会所属に所属。

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