【第2回 空を飛び、壁を越える】
過去の記事:第1回

前回、宮本さんが中小企業診断士という目標を見つけ、1次試験という最初の関門を突破するまでをお伝えした。しかし、彼女の挑戦はまだ道半ば。今回は、2次試験の壁に直面し、さらには夫の転勤によるイギリスでの生活、そして世界を一変させたコロナ禍という、次々と訪れる試練に彼女がどう向き合い、乗り越えていったのかを追う。
立ちはだかる高い壁
1次試験を一発で突破した宮本さんだったが、中小企業診断士試験の本当の厳しさはここからだった。最初の2次試験は、書店でテキストを買い込み、完全に独学で臨んだが、手応えのないまま不合格となった。2回目の2次試験は通信講座を併用して挑んだが、それも望んだ結果にはならず、1次試験からやり直さなければならない状況となった。
その直後、追い打ちをかけるように、夫の海外転勤が決まる。行き先はイギリス。そうなれば、中小企業診断士試験の受験はできなくなってしまう。諦めきれない宮本さんは、渡英直前まで1次試験に挑んだが、努力もむなしく7科目中6科目合格という結果に留まり、1次試験突破には至らなかった。1次試験には科目合格制度があり、当該科目は翌年度と翌々年度の1次試験が免除される。しかし、宮本さんの場合は、イギリス滞在中にその期限が切れてしまうことが確定していた。
結局、失意のまま宮本さんはイギリスに向かう。合格への道筋がなかなか見えず、努力が報われない日々が続く中で、受験勉強は大きな中断を余儀なくされることになる。
多様性の中での学び
イギリスでの生活は、決して望んだものではなかった。「夫の転勤について行っただけで、私はとにかく行きたくなかったんです。英語も喋れないし、日本のテレビも見られない環境で、最初のころはほとんど毎日日本に帰りたいと思っていました」と宮本さんは振り返る。
もともとネガティブ思考で、「私には何もない」と感じていた宮本さん。このときも、「英語を話せる人は善で、英語を話せない自分は悪だ」という劣等感を感じていたという。しかし、この異文化での生活は、期せずして宮本さんに新たな気づきと、物事を多角的に見る視点をもたらすことになる。
宮本さんが住んでいたのは、イギリス人だけでなく、様々な国から人々が集まる地域だったという。
「みんなが流暢な英語を話すわけではなく、片言の英語と翻訳ツールを頼りにコミュニケーションを取ることも日常茶飯事でした。多様なルーツを持つ人たちとの関わりの中で、日本が他の国々からどのように見られているのかを肌で感じることができたんです。日本は憧れの対象として見られることもあり、平和で恵まれた国に生まれたことへの感謝の気持ちがいっそう強くなりましたね」
言語や価値観の多様性に囲まれた環境でコミュニケーションを重ねていくうちに、宮本さんの中にあった英語を話せないという劣等感は、徐々に消えていった。そして、自分の環境への感謝の気持ちと、将来的に何らかの形で国や社会に貢献したいという漠然とした思いを、彼女の中でより確かなものへと育んでいった。
再燃する情熱
イギリスでの生活が落ち着いたころ、世界は新型コロナウイルス感染症という未曾有のパンデミックに見舞われた。日本に帰国することになった宮本さんだが、これが中小企業診断士試験への再挑戦の道を開くことになった。
7科目中、6科目の科目合格を果たしていた宮本さん。本来は有効期限が失効している状況だったが、新型コロナウイルス感染症への特例措置により、この期間が延長されていることを知る。この瞬間、一度は消えかけた中小企業診断士への情熱が、再び宮本さんの中で燃え始めた。残された1科目である企業経営理論に集中して学習を再開し、ついに1次試験の再突破を果たす。
数々の困難とブランクを乗り越えて掴んだ、2次試験への道。それは、彼女の諦めない心と、周囲の環境の変化が偶然にも重なった結果だった。
次回は、ついに掴んだ2次試験合格の瞬間と、その後の宮本さんのキャリア、そして彼女がこれから目指す未来について詳しくお届けする。

小林 雅典 取材の匠メンバー、中小企業診断士
長野県在住。教育系出版社で企画・編集業務に約10年従事。その経験を生かして地方の中小企業に貢献すべく、中小企業診断士を取得。現在は、長野県内のコンサルティング会社にて、主にマーケティング分野を中心に、幅広く経営全般のサポートを行う。Advanced Marketer(公益社団法人日本マーケティング協会公認)および認定心理士資格を持つ。中小企業での実務経験をベースにマーケティングや心理学の知見を交え、理論と実践の双方の視点で、小規模企業でも実現可能な解決策を考え支援している。
