【第1回 中小企業診断士を目指すまで】

大手総合商社に勤務し、グローバルに活躍される種本淳利さん。
海外転勤により長らく試験を受けられない期間もあったが、自分なりの勉強方法で合格にいたる。
第1回では種本さんのルーツや仕事への思いから中小企業診断士を目指した経緯等をうかがった。
畳から触れるビジネス
「自分自身で商売をしてみたい」
静かに、しかし力強く語るのは企業内診断士として活躍される種本さんだ。
ご実家が畳の卸売業を営んでいるということもあり小さい頃から身近にビジネスに触れていた。
すべての部屋が畳だったというご実家での生活から種本さん自身も畳が好きだった。
「畳の上で転ぶと気持ちがよくて、畳の中に暮らしたいんですよ」
そう語る種本さんの目は純粋で、心から畳が好きだという思いを感じる。
一方で父親からの不景気な話や畳の業界誌の廃刊等々の畳業界がシュリンクしていく様子を自身の成長と共に肌で感じてきた。
好きなものを廃らせたくない、自分がもっと活性化できるはずと静かな闘志を燃やしていたのだ。
そのためには商売を学ぶことが必要だと考え、種本さんは総合商社への入社を果たすこととなる。
思いを胸に実家の事業だけでなく、業界を盛り上げられる人材を目指す。
海外経験を経て強まる日本企業への思い
総合商社に入社後10年間は財務・経理関連部署で会計・税務・財務業務に従事されていた。
白黒はっきりさせるのが好きという気質もあり、数字を使って思考することは得意だった。
その後、経営管理・事業企画に異動となり、課長職まで上り詰める。
インフラ投資事業(電力事業)の分野で活躍し、台湾、アラブ首長国連邦、インドネシア等の海外にも計約8年駐在され、企業の立ち上げから経営管理を行いCFOとしても活躍された。
将来のキャッシュフローを考え、現在価値に割り引く等、中小企業診断士試験で求められるスキルを使う機会も多い。現在は国内で同様の業務を行っているが、この様な経験から種本さんが中小企業診断士を目指すのはある種当然のことのようにも感じた。
日本の伝統である畳への思いを持った男は奇しくも世界へ羽ばたき多くの企業を生み出し、その資金繰りを支えてきた。
今の自分なら日本の中小企業を救うことができるかもしれない。
そんな思いを持ちあわせていたようにも思えた。
踏み出した中小企業診断士試験
種本さんが初めて試験を受けたのは2009年のこと。
得意の財務知識も生かし、見事に1次試験を突破した。しかし、2次試験は合格に届かず、2010年に再受験することとなる。
初めての2次試験では、周りのページを破る音や多くの色ペンを使う等々、外部環境に翻弄されたこともあり力が出し切れなかった。
その後、毎週のように予備校に通い迎えた2回目の2次試験。
予備校の解き方をインプットし準備は万端に思えたが、結果はまたも不合格。
二度目の不合格は精神的に苦しかったが、それでも種本さんは諦めなかった。
来年もう一度受ける!そのつもりだった。
しかし、突如海外転勤の話が舞い込み、アブダビへ移住することへ。
種本さんの思いとは裏腹に資格試験への挑戦はここで幕を引くこととなった。

中川 淳一朗 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1992年生まれ。神奈川県横浜市出身東京都在住。大学卒業後に製造系商社営業、転職エージェント(キャリアコンサルンタント)を経て、現在は製造業メインのコンサルタント業に従事。企業のDX推進や原価管理、利益計画等が得意。2022年キャリアコンサルンタント登録 2025年中小企業診断士、ITコーディネータ登録
