【第3回 診断士資格の新たな価値】
過去の記事:第1回、第2回
遠距離通学を続けながら見事に合格を手にしたヒロさん。診断士試験がどんな変化をもたらしたのか。最終回となる第3回では、中小企業診断士資格を今後どのように活かしてゆきたいと考えているのか、ご自身の思いから展望までをお伝えする。
経済ニュースで盛り上がる家族の食卓
2024年現在、およそ10年間にわたる単身赴任を終えたばかりのヒロさんは、ご自宅で家族との暮らしに戻っている。ご家庭ではどんな毎日を過ごしていのだろうか。
「実は妻はずっと経理部門、子供は大学の商学部なんです。親戚の一人は日本政策金融公庫に勤務しています。みんなとWBS(ワールドビジネス・サテライト)を見て経済の話をする時でも支障はまったく無くなりましたね(笑)。M&Aや、子供が就職活動で検討している業界情勢などの話題が出てきても、今ではスムーズに会話ができるようになっています」
もともと財務会計が大の苦手だったヒロさんは、少し照れくさそうな笑顔でそう話してくれた。苦手科目を克服できたこと以上に、ご家族とのコミュニケーションも増え、日々の暮らしがより豊かになったことが何よりの手応えだったのかもしれない。単身赴任時代、ひとりで眉をひそめながら、電卓と格闘していたころには全く想像もつかなかった光景だろう。
資格取得で得られた本当の財産
事業部門への転属を機に視野を拡げたいという思いが診断士試験チャレンジのきっかけだった。確かにその点で資格取得は役に立っているという。
「お客様からの要求で製品の改善をする。例えばそういった場面でも自分が思う通りに動きやすくなったと感じます。改善要望をまず技術者としてどのように受け止め、チームは何をどのような納期で対応すべきなのか。そうしたことを、自信を持ってスピーディーに打ち出せるようになりました」
しかし、ヒロさんが実際に手にしたものはどうやらそれだけではなかった。
「メンターとして若い技術者に助言や指導をする際にも自分の意図を伝えやすくなった気がします。課題の要点をつかんで自分の考えにまとめる2次試験対策は、誰かに何かを依頼したり、説得したりするためのコミュニケーション能力向上にもつながっていたんです」
知識を習得することで対人スキルにも自信がつき、やがて自分の思いが組織全体にも拡がってゆく。ヒロさんはそんな実感を噛み締めているように見えた。
企業内診断士から社会貢献診断士へ
ヒロさんはまもなく定年を迎える。会社人生で培った技術力や現場力を活かし、今後も社内で様々な課題に取り組むつもりだ。また、学習を通じて得た知識や社内での実務経験、中小企業診断士コミュニティを通じて得られた人とのつながりを「社会貢献のために活かしてゆきたい」とも語る。
私はこの言葉を聞きながら、現場で新しい課題にチャレンジする醍醐味を話してくれたエピソードを思い起こした。
「解決の方向性もある程度見えていて、用意された複数の策の中でどれが最適なのかを選ぶ。それがいわゆるマネージメント。しかし実際の現場では、順調に進んでいるようにみえて、意外なところに予想もつかない課題が潜んでいる。それを見つけて解決してゆくのが現場の面白さです。診断士資格の勉強と同じで、答えが見えてきてしまうと興味を失ってしまうんですよ。わからないからどんどん探求したくなる。そして、続けてゆける」 様々な課題が複雑化するVUCAの時代。あらかじめ決まった答えの無い問いに対処する力が不可欠だ。中小企業支援の枠を飛び越え、社会全体の課題解決を目指すヒロさんのような中小企業診断士が増えてゆけば、診断士資格の新たな役割や社会的な価値が生まれてくるに違いない。
大野 秀敏 取材の匠メンバー、中小企業診断士
東京都出身。富士ゼロックス株式会社(現富士フイルムビジネスイノベーション株式会社)入社後、エンタープライズ向け商材の企画から商品開発、ローンチまでのプロジェクトマネジメントを長く担当。海外との共同開発プロジェクトリード経験多数。現在は横浜国立大学特任准教授として、研究成果の社会実装支援や地域との産学共創プロジェクトを通じたアクションリサーチなどに取り組む。東京都中小企業診断士協会所属。