【第3回 広い土地勘を活かし「人の役に立つ中小企業診断士に」】
過去の記事:第1回、第2回

証券会社を2社経験し、3社目のIT企業で管理担当の専務にまで上り詰めた北川雅也さん。趣味は長距離ドライブと城めぐり。IT企業の専務が59歳にして中小企業診断士となって何を目指そうとしているのか、その将来展望に迫った。
「頭が真っ白」になった瞬間
中小企業診断士試験の2次試験は、筆記試験に受かると口述試験を受けねばならない。しかし口述試験で落ちる人はほとんどいないため、事実上、筆記試験合格が資格取得の切符となる。
「ない。自分の番号が見当たらない」。あの日のことは鮮明に覚えている。2024年1月11日。筆記試験の合格発表の日のことである。
午前10時になった。2次試験の筆記試験合格者が発表される時刻だ。診断士協会のホームページに掲載されている合格者の受験番号を上から順に目で追う。「僕の番号がなかったんです。頭が真っ白になりました」。何も考えられなくなって画面を閉じた。夕方、恐る恐るもう一度画面を開いた。「どうも数字が横に並んでいる。縦に動かしていた視線を横に動かしたら、あった!」。
会社にも合格を秘密にし続ける理由とは?
憎めない人である。夕方になって合格を確認しても、妻には話さなかったという。「お互い干渉しない主義なので」。だから自分の受験番号を見つけた瞬間も静かだった。「ガッツポーズぐらいはしたかもしれないけど」と茶目っ気を覗かせる。
会社の同僚や社長に至っては、中小企業診断士に登録して以降も資格を取得したことを明かしていないという。「試験を受けたきっかけが経営戦略にも関わる役員としての自分の力量を確認することだったので、確認したことで自分は満足なんですよ」。ひときわ声のオクターブが上がる。
妻には最近気づかれた。診断士登録をした前後から、研究会などで夜7時以降にオンライン会議をするなど慌ただしくなった。「ある日、夜中までオンライン会議していたら、『あなた、会社でまずいことでもあったの?』と妻から聞かれて」。マンガのような夫婦の会話だ。
気づいたといえば、自分自身でも最近痛感していることがある。「自分は本当にオールラウンダーだ」と。北川さんは当初、それが自分の弱点と感じていたようだ。「経理事務も給与計算もしたことはなく、それぞれのポジションについて深くまで掘ったことはないんです」。どこか泰然としつつも謙虚な人なのである。
GRIT×オールラウンダー×おおらかさ=可能性は無限大!?
「オールラウンダーってことは、何か言われれば『あそこだね』っていう土地勘はあるわけです。実際にそこを耕したことはないんですけどね」。話しているうちに声のトーンが変わってくる。特定の専門分野がなくても、広い土地勘はいずれ強みに変えることができると、ここでも得意の直感が囁いているようだ。要は気の持ちよう。「役員的ポジションの視点で企業を見られるのは良い経験をさせてもらったと思います」という謙虚な語り口に、密やかな自信が垣間見えた。
北川さんは、自身が役員としての定年を迎える2025年内の独立を見据えている。今の会社で経験したM&Aを軸に、事業再生なども視野にスキルを磨いていきたいという。が、それにこだわっているわけでもない。あくまで自然体だ。
直感に導かれてこの資格にたどり着いたように、「今までの経験が活かせる資格」との確信をモチベーションに、「この経験を早くどなたかの役に立てたい」と自分の可能性を信じ、楽しみにしている。そのさりげないポジティブさ。根がおおらかなところがツキを呼び込むのかもしれない。無限の可能性を感じさせるGRITなオールラウンダーである。

田畑 正 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1962年富山県生まれ。東京の民放キー局に定年まで勤務した後、2023年5月、中小企業診断士として登録・独立。テレビ局時代はキャリアの大半を政治記者として活動。政治記者を志した原点が、高度成長期に覚えた衰退する農業への危機感だったことから、次世代の農業経営者の創業・育成に貢献したいと診断士資格を取得。農業分野に強い中小企業診断士として活動している。東京都中小企業診断士協会城南支部、富山県中小企業診断協会に所属。