【第3回 自分らしい未来への旅路】
過去の記事:第1回、第2回

前回、宮本さんがイギリスでの生活やコロナ禍という大きな試練を乗り越え、再び2次試験への挑戦権を得るまでの道のりをお伝えした。特別なキャリアを持たず、「私には何もない」と感じていた時期もあった彼女が、ついにその努力を実らせる。最終回となる今回は、合格を掴んだ瞬間の心境、そして資格取得後のキャリアや今後の展望について深く掘り下げていく。そこには、誰もが自分らしく輝けるヒントが隠されている。
合格の要因は「開き直り」と「型」の意識
足掛け5年に及ぶ挑戦の末、宮本さんは3回目の2次試験で見事合格を果たす。その勝因は、できることをすべてやり切り、緊張しなかったからだという。「それまでは本当に吐くほど緊張していたのですが、最後は、『もうこれ以上やれることはない。これでダメなら仕方ない』と不思議と開き直れたんです」
加えて、2次試験対策としては、文章の「型」を意識することが有効だったという。もともと文章を書くこと自体は好きだったが、論理的で伝わる文章を書くことの難しさに直面し、設問に対して適切な型で答える訓練を重ねた。2次試験は暗記だと考え、型を覚えるということに注力したことが、合格へとつながった。
合格発表の瞬間は、手応えがなかっただけに信じられない気持ちでいっぱいだったと語る。しかし、その現実は、彼女の人生の新たな扉を開く確かな一歩となった。
中小企業診断士としての第一歩
合格後は、会計事務所で働きながら、並行して一般社団法人長崎県中小企業診断士協会にも入会。中小企業診断士として活躍の機会を探る日々が続いた。しかし、キャリアも自信もない宮本さんにとって、第一歩を踏み出すハードルは高く、なかなか動き出すことができなかったという。
そんなとき、かつて短期アルバイトでお世話になった長崎県商工会連合会の先輩から、長崎県よろず支援拠点のコーディネーターへの応募を勧められる。
「キャリアも自信も全くなかったのですが、背中を押されて応募しました。この出会いがなければ、今の私はないと思います」
無事にコーディネーターとして採用され、中小企業診断士としての第一歩を踏み出した宮本さん。彼女の歩みは、輝かしいキャリアを一直線に進むだけがすべてではないことを教えてくれる。大学時代に感銘を受けた「ないものを探すのではなく、あるものを生かす」という地域経済学の考え方は、図らずも彼女自身のキャリア形成にも通じている。特別なキャリアや絶対的な自信があったわけではない。しかし、専業主婦で使えた「時間」、アルバイトで得た「経験」、そして人との「縁」といった、その時々に自分が持っていた「あるもの」を生かして一歩を踏み出すことで、道は開けてきたのだ。
悩みながら、見据える未来
今後のキャリアについて尋ねると、宮本さんは「今まさに悩んでいる最中なんです」と、屈託のない笑顔で正直に心境を語ってくれた。「会計事務所の仕事も、よろず支援拠点の仕事もやりがいがあり楽しい反面、どちらに軸足を置くべきか、このままでいいのかと常に考えています」
しかし、そんな悩みの中にも、挑戦してみたいこと、実現したい未来の輪郭が、おぼろげながら見えているようだ。
「挑戦してみたいのは、書く仕事や取材の仕事。そして、個人で完結するよりも、チームで何かを成し遂げるような働き方がしたいですね」
公言している将来の夢は「安定した老後」。中小企業診断士として、長く働いていくつもりだという。現在も、多様な経験を積み重ねている宮本さん。中小企業診断士は、意欲と元気があれば、何歳になっても働ける仕事だと話す。今のうちに知識や経験を積み重ね、楽しく働き続けられるようになりたいと、笑顔で抱負を語った。
「私には何もない」と感じていた場所から始まった宮本さんの挑戦の旅。彼女の物語は、特別な何かを持っていなくても、自分が持っている「あるもの」を生かして一歩を踏み出すことで、誰もが自分らしい未来を切り開けることを力強く示している。

小林 雅典 取材の匠メンバー、中小企業診断士
長野県在住。教育系出版社で企画・編集業務に約10年従事。その経験を生かして地方の中小企業に貢献すべく、中小企業診断士を取得。現在は、長野県内のコンサルティング会社にて、主にマーケティング分野を中心に、幅広く経営全般のサポートを行う。Advanced Marketer(公益社団法人日本マーケティング協会公認)および認定心理士資格を持つ。中小企業での実務経験をベースにマーケティングや心理学の知見を交え、理論と実践の双方の視点で、小規模企業でも実現可能な解決策を考え支援している。
