【第2回 孤独な戦いを静かに支えていた家族】
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総合電機メーカーに勤務し、現在は情報システム部門の組織責任者として自身が所属する組織の改革と活性化を推進している松葉修さん(以下敬称略)。家庭では妻と娘と楽しく過ごしている。第2回目は、1次試験の対策から2次試験の合格までのお話をうかがった。
独学で合格した1次試験
松葉が中小企業診断士の勉強を始めたのは、2022年7月であった。通信教育を取り寄せ、書籍をそろえ、日々のスケジュールに勉強時間を割り込ませた。選んだ通信教育はフォーサイトであった。「動画とテキストで知識を効率的に整理できる印象だった」と語る。松葉には「一緒に学ぶ仲間」も「励ましあうサークル」も存在しなかった。孤独な戦いだった。
経済学・経済政策と経営情報システムが得意科目となり、それぞれに異なる背景があった。前者は大学時代に学んだ内容が下地となり、後者は本業のIT業務の知識と経験が活かされた。一方、中小企業政策や経営法務のような暗記中心の科目には、苦戦したが「ただの暗記ではなく、背景までを理解しながら学ぶ」という姿勢を大切にした。
ストレートで1次試験を突破したコツは、現役学生の時のセンター試験での大失敗から学んだ。「世界史は40点、化学32点という成績でした」と照れ笑いを浮かべながら語った。当時は、正解を「選ぶだけ」の勉強をしてしまった。資格試験では、間違いの選択肢の「何が、なぜ間違いか」をきちんと説明できるように意識して勉強した。
立ちはだかる壁への不安
1次試験は無事に一発合格。一方、2次試験の壁は厚かった。知識ではなく、与えられたケースに対する思考力と文章力が問われる。ここで直面したのが「答えのみえない恐怖」だった。特に事例Ⅰ〜IIIにおいて、自分の解答が妥当であるかという判断すらできない。模範解答との比較だけでは自信を持てず、試験の手応えをつかむのも難しかった。それでも松葉は諦めなかった。
そのような中で、重点を置いたのが事例IVだった。計算問題を理解することで、努力の成果が得点に反映されやすいという戦略的な判断であった。やればやるほど伸びることを信じていた。8月は事例Ⅳに特化し、TACの「事例IVの解き方」や「全知全ノウ」を繰り返し解くことで、計算力の底上げを図った。
この学習期間を通して、勉強会には一切参加せず、完全な独学を貫いた。教材とひたすら向きあい続ける日々は孤独でもあったが、知識が積み重なる実感があったことが、前に進む原動力となった。
家族からのエールに気づく
振り返ると、学習時間は合計で1,044時間であった。特に1次試験は純粋に楽しく、ストレスを感じなかった。1年間のうち、勉強をしなかった日は数えるほどしかない。朝・昼・夜にわけて日常の隙間を活用し、着実に学習を積み重ねていった。娘が寝静まった夜の時間は、特に集中しやすく、休日も家族との時間を終えてから机に向かっていた。試験勉強と並行しながらも、家族との時間は削らなかった。むしろ、それが活力となった。
勉強の合間には、家族と出かけたり、外食をしたりして、気分転換をした。段ボールでUFOキャッチャーや掃除機を作るなど、娘と過ごす工作の時間も癒しとなった。娘が「パパすごい!」と喜んでくれる顔が、何よりのご褒美だった。プリキュアのグッズも自分で紙や折り紙を使って手作りするようになったことが特に嬉しかった。家庭との時間を大切にすることで、心に余裕を持ちながら勉強を続けることができた。 合格発表の日、妻から「おめでとう」と言ってもらい、娘からは「パパ、一緒にだるまさんに目を入れようよ」と声をかけられた。ずっとだるまの片目が気になっていたようである。その瞬間、独りで勉強していたわけではないことを実感し、背後にあった家族の支えに気づくことができた。感謝の一言しかない。

西田 雄一郎 取材の匠メンバー、中小企業診断士
京都府生まれ。地方国立大学を卒業後、銀行に入行し、法人融資等に従事。その後、大手ITベンチャー企業にて、組織構造を変革するマネージャー職や東海エリアの営業責任者を経験。2025年に屋号「かんさい経営サポート」で開業。同年に経営学修士(MBA)修了。中小企業診断士、ビズクリ認定サポーター、事業承継士として登録。事業承継協会、ケアビジネス研究会、スモールM&A研究会などに所属。
