【第3回 働く人が報われる職場をつくるために――企業を変える中小企業診断士へ】
過去の記事:第1回、第2回

製造業向けの生産管理システムを通じて企業支援に取り組む中川淳一朗さん。二度目の挑戦となった2次試験を経て、ついに中小企業診断士の資格を手にした。今回は、診断士試験を走り切った実感と、合格後に描く展望について語ってもらった。
勝ち筋がみえた、試験本番
中川さんが2次試験の対策で徹底したのは、「解き方」を分析することだった。
「模範解答をみて、理解したつもりになっても、もう一度やると全然書けないんです。だから繰り返し解きました。こう聞かれたら、こう書くと点数になるな、というのが徐々にわかるようになりました」
問題をみると、「これは点が取れる」「これは悩む」と判断できるようになるまでやり込んだ。
そして迎えた2024年10月末日。2次試験本番。中川さんが積み重ねてきた感覚は裏切らなかった。
「答えるべき問題」と「捨てるべき問題」が、はっきりとみえる。繰り返し解いた模試のように、問題ごとの勝ち筋を冷静に見極めていった。とはいえ、「これはいけた」と感じるような手応えまではなかったという。
年が明け、2025年1月。2次試験の合格発表。掲示された番号の中に、中川さんの受験番号があった。
「合格の瞬間は驚きましたね。おー、受かってた、って。でも…やっぱり嬉しかったですね」
そう語る中川さんの声には、静かな達成感と、肩の力が抜けたような柔らかさがあった。
やり切った者に、合格は近づく
自身が合格した要因に特別な才能はない、と中川さんは言う。
「私が何かに秀でていたわけではないと思います。ただ、全部やったんです。『すべてを完璧にやり切った』という意味ではなくて。1次試験なら7科目。2次試験なら4つの事例。それぞれを一通り、ちゃんと学んだということですね」
中川さんが強調したのは、「やり切ること」の難しさだった。
「診断士試験って、思っている以上に最後までやり切ることが難しいです。範囲も広いし、長丁場なので、途中で諦めてしまう人も多い。世間に出ている合格率って、そういう人たちも含めた数字だと思います。でも、ちゃんと最後まで勉強した人たちだけでみれば、合格率ってもっと高いはずなんです」
実際、中川さんの周囲でも、「受かると思っていなかった」という声は少なくない。むしろ、強い手応えを感じないまま合格しているケースのほうが目立つという。
「だから、あまり怖がらず、まずは全部やってみる。自分で決めたことをきちんやってみれば、意外と結果がついてくるかもしれません。諦めずに頑張ることが大切です。」
中小企業診断士としての第一歩
2025年5月、中川さんは中小企業診断士としての登録を終えた。もちろん、資格取得は通過点に過ぎない。
「取って終わりじゃない、ここからが本当にスタートの資格だと思います。中小企業診断士として、まだ具体的な活動をしたわけではないので」
実際、仕事として受けた案件はまだないという。研究会に参加したり、支部の活動に顔を出したりと、まずは関わる機会を少しずつ増やしている段階だ。
いずれは、中小企業診断士として、「企業の支援」に挑戦したいという中川さん。その原点にあるのは、キャリアコンサルタント時代に抱いた思いだ。
働く人がどれだけ頑張っても、企業や場所そのものが厳しければ限界がある。職場や環境が変わらなければ、人は報われないこともある。ゆえに、企業や組織そのものをよくしていく支援が必要となる。
「働いている人が、『仕事嫌だな』と思わない状態をつくりたいんです。そのためのお力添えができたらと考えています」
資格の取得は、ゴールではなく、スタートライン。中川さんは今、その線をひとつ越えたばかりだ。かつて変えられなかった「限界」に、今度は中小企業診断士として挑んでいく。中川さんらしく、最後までやりきってくれるはずだ。

三葉 晃大 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1991年兵庫県生まれ。東京都在住。大学卒業後、アミューズメント系メーカーに入社。法人営業として全国100社以上を担当し、現在は営業部門のマネジメントに従事する。入社以来10年以上にわたり、一度も病欠がない、安定した体調管理が密かな自慢。2025年に中小企業診断士試験に合格。東京都中小企業診断士協会・城南支部に所属。
三葉 晃大 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1991年兵庫県生まれ。東京都在住。大学卒業後、アミューズメント系メーカーに入社。法人営業として全国100社以上を担当し、現在は営業部門のマネジメントに従事する。入社以来10年以上にわたり、一度も病欠がない、安定した体調管理が密かな自慢。2025年に中小企業診断士試験に合格。東京都中小企業診断士協会・城南支部に所属。
