【西田雄一郎さんインタビュー】「夢」を再点火、40代の挑戦

【西田雄一郎さんインタビュー】「夢」を再点火、40代の挑戦

【第1回 関西学院大学の養成課程に合格】

関西学院大学(以下、関学)の中小企業診断士養成課程(以下、養成課程)受講を経て、現在は製薬会社の学術研究部門に勤務する西田雄一郎氏。日々、最先端の医学を学ぶと共にMR(Medical Representative)に対する教育にも携わる。第1回は、西田氏が中小企業診断士の受験を決意し、養成課程に入学するまでの経緯に迫る。

企業内診断士として働きながら、「副業」にも挑む

2025年の春、西田氏は勤務する製薬会社で「副業許可第1号」となる。西田氏は、「この会社で副業を許可されたのは私が初めてです。誰も取り組んでこなかった副業の先駆者として、申請書の作成から社内調整まで、許可をいただくのに半年はかかりましたね」と嬉しそうに語る。

最初の副業先は既に決まっている。養成課程での「偶然の出会い」がきっかけとなったその企業は、中小企業者への支援を行うBCC株式会社だ。

養成課程で中小企業診断士の資格を取得してからわずか2カ月で、早くも副業にまで挑戦している西田氏だが、最初に中小企業診断士の資格取得を志したのは遥か25年前、彼が20代の頃であった。

中小企業者のために貢献したいという思い

西田氏が中小企業診断士を最初に目指したのは25歳の時。地方銀行で、中小企業の融資担当をしていた。仕事を通じて複数の経営者と話す中、彼等の気概や気迫に惚れこんだ。彼が初めて「中小企業者のために貢献したい」と感じた瞬間である。

すぐに「中小企業診断士」という国家資格を見つけ、当時の彼は迷うことなく即断即決で動いた。すぐに資格学校へ申込を行う。「思い」と「勢い」で申込は済ませたが、当時の彼は仕事で多忙を極め、最終的に学校へは一度も通わなかった。当時を振り返って西田氏は、「多忙を言い訳にしていますが覚悟が足りなかった、学校から届いたテキストの量にも圧倒された」と反省の言葉を口にする。

20年の月日が流れ、西田氏も40代となった。転職先の製薬会社では学術研究部に所属、医師達と対等に話をするために朝から晩まで論文や文献を読み込んだ。「そうしている時、ふと気づきました。自分は勉強が嫌いではなかった、ということを」と西田氏は少しはにかみながら語る。

「もう一度、しっかりと勉強し、中小企業者を支援するために中小企業診断士の資格が取りたい」という熱い思いが彼の中で再点火した。西田氏の新たな挑戦の始まりだった。

関西学院大学 養成課程への入学

中小企業診断士の1次試験を合格後、2次試験を受けるも手応えを感じなかった。すぐに来年に向けた勉強を始めながら、2次試験が終わったら読もうと楽しみにしていた診断士向けの専門誌『企業診断』を手に取った。そこで養成課程を知ることになる。

養成課程を実施している機関は全国に15機関あった。西田氏が在住する関西圏には3つの機関が存在した。兵庫県立大学、大阪経済大学、そして彼が通うことになる関学だ。

説明会に参加し、3つの機関を徹底的に比較した。最終的に彼は関学を選ぶことになる。当時を思い出しながら西田氏は、「いずれの大学も異なる個性があり魅力的でした。しかし、もっとも明るくて元気があると感じた関学を選ぶことにしました」と語る。

養成課程自体の倍率も年々上がっていると言う。西田氏も養成課程合格に向けて小論文対策、面接対策と立て続けに手を打った。その結果、2023年2月、「関西学院大学専門職大学院の中小企業診断士養成プログラム」に晴れて合格。診断士資格取得への本格的な道のりが、ここからスタートした。








相川 太郎

相川 太郎 取材の匠メンバー、中小企業診断士
1977年生まれ、大阪府出身、大阪府在住。大学卒業後、大手酒類飲料メーカーに入社。経営企画部門やブランド部門で業務に従事。中小企業診断士の資格取得を機に退職、現在は中小企業者に対する支援業務を積極的に行う。2024年中小企業診断士・ITコーディネータ登録。日本マーケティング協会認定マーケティングマスター。

拓け!中小企業診断士の扉~養成課程奮闘編~カテゴリの最新記事